アメリカンスピリット

アメスピの黄色、父親が昔吸っていたたばこの銘柄だ。

安い居酒屋で彼の副流煙に塗れながら食べるご飯が嫌いでなかった。今でも、たばこの匂いや煙は苦手ではない。むしろ結構好きだったりする。


久し振りに父親と姉とその娘(姪)と食事をした。大学が決まった祝いということもあり、これまた久しぶりに叙々苑に行った。

焼肉はあまり好きでない。

肉は焼けば焼くほど油が劣化すると思っているので。

何事も生が好きなのだ、卑猥な意味ではない。肉も魚も生が1番美味しい。

いかにも死にたてというか、蹂躙されたてというか、人間のために殺されてぐでんとなすがままに皿に転がされている感じがしてかわいいと思う。

なにより味が私好みだ。


肉とか海老とか蟹とか、そんなものを色々焼いては食べてたしながらふと父親がたばこをふかした。

横目でちらりと見たが、彼はもうアメスピを吸ってはいなかった。

そりゃ紙タバコを幼い姪の前で吸うわけがないのだが、アイコスを吸う彼を見て私はかなりショックを受けてしまった。

ああ、父親は少しずつ私の知っていた男ではなくなってしまうのだ。


正しくは、父は離婚直前までたばこを吸っていたわけでなくなんなら早々に禁煙していた。今も禁煙したままならば私はこうもショックを受けまい。

上塗りされてしまった事に途方もなく愕然としてしまったのだ。


アイコスを吸う父親

一人称を僕に変えた父親

もう私たちの暮らしたマンションをとうに出た父親

共に育てた猫を祖父母に預け新しく猫を飼った父親

転職した父親

楽しそうな父親

新しい奥さんを迎えた父親

金色の婚約指輪をつけたままにする父親

今日の早退理由を「娘の大学祝いで食事に行く」と答えた父親

他人行儀に「ごちそうさま」と言うと悲しそうにする父親

母親の話題をすごく自然に避ける私達



ああ、私はまだお前の娘でいられているだろうか。